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うしろがみ

​心臓ちかくを駆け抜ける温度を知っているよ。赤って、きっとこんな感じだということも知っている。どくんという音は体全体をふるえさせるということも、手が触れるだけでふたりがひとりになれることも、知った。

でも増殖し続けてゆくものに限りなどないし、電気信号は脳みそのネオンのようで光を知らないわたしの水晶体を庇うので、もっともっとと体は催促する。すべてを知りたい、なんて言ったら、誰かがわたしを裁くのかな。
無知は罪だからって、知りたがりも罪にならないわけじゃあない。好奇心はおんなのこの喉を噛みちぎるよと、いつだったかあなたはそっと耳打ちしてくれたっけ。

(あなたの手にこびりついて取れない罪には、わたしきつく目隠しをしたから、だから大丈夫でしょう、信じてるの)

誰だって嘘をつく。あなたの優しい嘘にわたしは騙されるふりをしたけれど、それだって嘘のかたちだわ。なんにも知らない、なんにも見えないおんなのこだと思ってくれて構わないの。その方がわたしも、あなたも、しあわせになれる。わたしは嘘泣きをしてあなたの裾を引くことを覚えたけれど、あなたはわたしが眠っている夜更けにそっと隣を抜け出すすべを知っているから、おあいこ。ぬきあしさしあし、しのびあしが上手ね。風の音に紛れては、わたしの横をすり抜けていく。あくまでそっと、わたしをかなしませないように。
だけど、指先がぷつりと、糸が切れるように唐突に触れなくなる瞬間だけは、心臓がひっくりかえってしまうんじゃないかって思うくらい怯えているのに気付いてほしかったな。暖かい毛布が急に冷えてゆく気がする、ひとりがふたりになって、元に戻っただけなのに、こんなにもせかいは砕け散る。まぶたを開いたってあなたの姿は見えない、けれど、月明かりをかいくぐるあなたの背中をそうまでして知りたいとは思えないの。目は口ほどにものを言うって誰かが言っていたけれど、舌先で滑らせた温度にだって血が通っているのだから鮮明に映してくれるよ。

(ひとつふたつと数えれば、頭のなかの灯りもおちて、本当にまっくらやみのなかでね、あなたの指先を探り続けているの)
(シーツの上をとぼとぼと歩くてのひらは、温度を求めている)

明日起きたら、怖い夢を見たのって言ってみよう。もしかしたら一晩中一緒にいてくれるかも知れないという、わたしの浅はかな企みとやわらかな期待が胸のしたにひっそりと潜んでいる。朝日を浴びて、くちびるを開いたそのときにこぼれ落ちるのでしょう、それまで嘘は暖められて待っている。蜜のように溶けでることもなく、ただそこにひめていた。

(嘘つきなわたしの舌も、あなたの舌も切り落としちゃえばしあわせになれるだなんて、とてもじゃないけどおもえないの、おやすみ、またあした)

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