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もうつかれた

​むせかえるような腐乱臭は、花の匂いじゃあ隠せないのか。ならば、崩れてゆく君の手足も、未だなにも知らぬ腹も、俺はどうやって救ったらよかったのだろう。ずっしりと重い棺には花を沢山つめた、喜んでほしい、君の好きな花だけを集めたよ。

俺たちがただのきょうだいの真似事に没頭していたころには集められない、いろとりどりのあれ、これ、それ。すべて君のものだよ。灰色の石の壁に囲われていた空は、もう俺たちの腕のなかには収まりきらないほどにあるよ。
それなのにどうして、と彼女は言った。

(どうして、と言いたいのは俺の方だよ、君が泣きそうな顔で俺を見ているのは、どうして?このまま一緒に居さえすればいいのに……)

ひとりぼっちになんてならないよ、ひとりぼっちになんてさせない。ずっとてのひらを、ぴたりとくっつけて、どこへでもゆける……。

(もうとっくにひとりぼっちだよ、ふたりとも。ひとりぼっちとひとりぼっちで、ふたりにはきっと、なれないよ)

彼女は歌うように話す。きれいな声で、俺の心臓がじくじくと傷んだ。どうして、どうして?俺はわからなくなる、指先の感覚も、爪先のしびれも、すべて、どこか遠くに置き去りにされたみたいだった。

「にいさん、もう、わたし、ここにはいられない、いられないの。ねえ、もうつかれたよ」

(そうだ、俺ももう……)

(すこしねむりたいの、おねがいだから……)

(ずっと歩き続けて、身体中が痛い。もう、止まらなくちゃいけないんだろうな。俺ももうつかれた、もうつかれたんだ)
(君と一緒にいつまでもいたかった、それだけなんだよ……)

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