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人間の地層

​そのおんなのこのやわらかいかかとを鋭い欠片が突き破るのは容易だろう。そう知っていたから、小石の切っ先をひとつひとつ取り除いて、おんなのこのための道をひくのがおのれのしあわせであった夜が未だに地球の裏側に残っているはずだけれど、がさがさと渇き、自らを苛むささくれの鉤に悩まされているような掌をしてそれに触ることのむつかしさよ。できるだろうかと問いかけては、できないと瞼を閉じる、水晶体に刻まれたおんなのこをなくしてしまうのは酷く惜しい。

すこしでも傷をつけてしまえば、それがばらばらと、まばたきの度に割れてゆきそうで、ただじっと自らの手のひらを握りしめ、まばたきも堪えて立ち尽くしているしかできないのだ。じべたに落ちた視線だから光が瞳を焼くことはないが、それでも瞼の裏から涙は流れようとする。じわりと分泌されるものがすべてを洗い流す前に、はやくどうにか、なんとかしなければならないのに……。焦燥に駆られたところですべなどはなく、ああ、何も得られはしない、ましてや与えることすらできないのだ。ほかに担い手のいない棺をかつぐ薄汚れた男は、絶対的な力など持ちはしない。そして彼らはいつだってきれいな靴をはいて、やわらかかった皮膚をかたくしてゆくだけだ。今更、おんなのこのやわらかなまぶたは彼らに焼かれた、などとうらみごとを並べる気にもならない。そもそもこの言葉だって居所がわからないのだ、おんなのこの声をして耳に突き刺さる揶揄が自分の胸に隠してきた細切れの自己嫌悪だったのだと気付かないほどに賢くはなく、かといってそれらに胸を裂かれるほどに愚かにもなれぬので、あばらの辺りがあおぐろく滲む。すべてが自らの腹のなかでおこなわれ、脳のなかで死ぬのだ。

たったひとりの妹が、ひふを裂かれ、まぶたを焦がす。その瞬間を確かに見たことは一度だってないのに、どうして何度もそれをゆめまぼろしに見るのだろう。じっとりと汗ばんだベッドの上でもがき苦しむのはもう嫌なのに、そこにしかロミーが現れてくれないのなら、俺は何度でもそれを見ようと眠りにつくのだ。シーツの海でしか溺れられない俺の瞼を、かみさまは、射抜いてくれやしない。そして沈みきった身体を引き上げてくれるのは、確かに、あのとき眼窩に埋葬したおんなのこなのだ。やわらかいてのひらで、もう一度、ふれてくれるなら……くろぐろとした腹の膚を、悪魔のために裂いても構わないのに、檻のような肋骨のしたで何事もないように動く心臓は、まだ誰にも、かみにすら食い破られることもなく存在して、俺の皮膚ががちがちにかたまってしまうのをまっている。

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