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introduction

その青年は、しかるべきときまで死をとじこめて保存しておくことを生業にしていた。
しかるべきとき、とは、最後の審判に他ならない。そのため、青年は自らが死に冒されたときはその肉体すらもとじこめて、棺のなかに身をひそめるに違いなかった。そっと呼吸をころすだけだ、身体に綿をつめて、いつものようにコートの内側から香油の入ったいれものをするりとぬき出して……。すべてが青年の頭のなかで完璧にとりおこなわれていた。そのために今まで生きていたのだ。棺にしまわれた人間ばかりを見て、生きてきた。
生きたものがなくなるたびに青年は棺をはこび、それが大地のなかに隠されるのをじっと見つめているのだ。太陽がのぼっているときに棺をはこびだし、地平が光をうしなったとき、くらやみにそれを溶かす。ひっそりとした葬列のいちばん近く、あるいはいちばん遠くに、青年は身をおいている。


その少女が生まれたのは、青年が誰のものかもわからない棺を運んでいる、太陽が天のまんなかに輝いていたときだった。少女は青年の妹として生まれた、絶対的なものに仕えるために生まれてきた、たくさんの聖者のてのひらによってまっしろな綿で拭われるからだを青年は遠くから音もたてずに見ていた。
上等の産衣に包まれた妹をまえにして、青年は考える。このこは、いつか自分が死んだときに讃美歌をうたってくれるだろうか、列をなさないものでいい、ひっそりと自らを葬るその夜には、血をわけた歌がほしい。青年はまばたきも忘れて、そのときを空想する。
少女のまわりにはいつだって救いを呟くひとたちがいたために、ふたりがともにすごした時間などあまりにも短かったが、それでもふたりは確かに、兄と妹であった。青年はだれよりも死者のもとで生きている、それと同じように、少女はひたすらに信心のもとで聖徒のため、絶対のなにがしに祷る。青年は聖徒ではあったが、一日のすべてを死のとなりにおいていたので少女の祷りを知らない。少女は死者の安息、さいわいを祷りはしたが、青年の空想したしあわせを知らない。
ふたりは日と月がいれかわる、地球のまばたきの瞬間にだけやっと向かい合って、兄と妹のすべきことをした。そのいっしゅんだけで、少女は髪をまとめてくれる兄のてのひらの大きさを知ることができたし、青年は妹があいさつにひとつのキスを欲しがるときを知ることができた、青年は死をふりはらって少女の兄になり、少女は生をとりのこして青年の妹になるのだ。


聖者に手をひかれて、少女がたいせつな儀式に出かけた日、青年はひとりきりで食事を済ませ、ひとりきりで墓石に花をたむけにいった。遠くで教会の鐘が鳴っているのが耳に届いて、青年は教会のきれいに弧を描いた門と、ひかりにかがやくばらの窓を思い出す。あれは自分が生まれるよりも前につくられたものだが、いまだにきれいに飾られていて死なないのだ、青年はそれを羨ましいとは決して思うまい……。
日がくれて、しんと空気が落ちたとき、青年のもとへ騒々しい使いがきた。葬列にしてはなんて喧しいのだろうと訝しんだ青年に視線をおとすこともなく、信仰をかざした大人たちが、めいめいが自分勝手に口を開いた。少女は、死んだ!絶対のしとは、彼女を自らと揃いに穿つことによって、最初の裁きを行ったのだ。
青年は、ただ黙っていた。大人たちの熱の瞳や、手に握りしめたままはなそうとしない教えの言葉を視界のすみ、世界の裏にまでおしやった。青年と少女のあいだに横たわってよいものなど、沈黙した生命と饒舌な死骸だけだ。今はただ、死にたずさわるのみ、葬列の手立てを考えるのみだ。讃美歌を歌うものが、いなくなってしまったなぁと、青年はすこしだけ涙した。

「日の隠れないときに、わたしが棺を運びましょう」

墓石に名前を刻むのは青年ではない、青年はそこになんと彫られようが、なんと讃美の詩が与えられようが、なにも変わらないのだととうに知っていた。棺を運び、死者にてのひらをかざすことで生きてきたふたりだったが、妹はただひたすらに青年の前では、肩書きのない少女であったのだ。讃美は大地に沈むことはできない、いしは彼女を掘りおこすときのしるしにしかならない。ただ、ケヴィンの妹である、ロミーがねむる場所であるとだけ、しるしてはくれないか……。

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