top of page

布切れのフーガ

なんの飾りもないが、ゆるやかにかろやかに、きれいな弧を描くことのできるローブの裾から生まれたのだった。つるりと滑らかに重力を得たシルクは死骸に群がる愚かな鳥のひとみのような色をしていたが、それは月の真裏に潜むあれこれが残したまぼろしだったのかもしれない。そっと絹のすれる音もさせぬように気をつけてあたたかな寝床を抜け出した私にはそれを知る術は、もはや、ないのだった。

それは多分、絵本の中に存在していたお姫様の眠るベッドの天蓋にも似ていたのだろうなあと、気がついたのはいつのことだったろうか。おんなのこの寝息をそっとつつむ布のあたたかさはしらないが、想像することなら学んだので、ふうと息を吐いて目をつむれば子守唄だって聞こえるかもしれない。聞いたことのある歌といえば朝を告げるさえずりに木の葉のこすれる音、それらとまるでフーガのように並走するちいさなおんなのこのハミングだけだけれど、きっと私も真似事をすれば音を並べる事ができる。いつだって追いつかないように歌うのだ、慎重に、慎重に。おんなのこの裾を引っ掛けてしまわないようにそっと、追いかける。

その布になれたらどんなにすてきだろ。おんなのこをくるむための綿や、肌に柔らかく馴染む繊維。夢とおなじに織られるから、光があたるたびにきっといろんな色にかがやく……。それで君のためにナイトドレスをつくろうか、きっと、暗闇のどこにいても見つけられる。しかばねのひとみにだって、黒の見分けはつくのだ、混じりあうあれこれが、眼下に鮮やかで明るい。君がてらしてくれるからたしかな奥行きを手にいれたのに、私は君のほつれをなおそうと裁縫など知らない両の手で君の感情を手繰りよせて、そして……。

酷く絡まった私は、君のためにしたことすべてを後悔するだろうし、硝子の棺などつくらないでおんなのこの体を、顔をつつむためのとばりだけを持つだろう。そしてそのまま、おんなのこを抱えて逃げるのだ、日のあたるところまで、下品な鳥が間違えておんなのこを啄まないように。逃げたさきにはなにもなく、夜から裁断されたいきものの住処など日のしたのどこにもありはしない。ひとりきりだ。ひとりきりで、君から習ったようなふりをしてうたを歌っている。

bottom of page