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やさしくなんてない

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たとえば、彼女の四肢を、おれがばらばらにくずしてしまったとしてもだ。それを咎める人間など、どこを探してもいやしないのだろう。俺も彼女もひとりぼっちで、違うことといったら、彼女はひいてくれる手のひらを求めているからいつだって爪を丸く磨いておかなければならないということだけだ。おとなしいおんなのこ、得もなければ害もない、そううたい続けなければならない。生きてゆけないのだ。

 

(それをかわいそうだと、思う俺はいったいなんだろう)

 

柔らかい鎧を纏って小さな足の裏をしっかりと大地につけ、腹の中にしまいこんだものをこぼすこともなく器用に繕う。うまく収まらずはみ出たはらわたはどうするんだと問うと、仕方がないから下に隠すのだと彼女の唇は堅く結ばれたまま、指先やまつげの震えで返ってきた。彼女は確かにうそをつくのがとても上手だが、それは手のひらの小さいわりには、というだけの話で、その手のひらごと無理矢理に掴んでしまえば、きっと簡単に取り落とす。そう、弱い存在だ。そして彼女が取り落としたものをすべて、俺が拾い上げてやれるのかと言えば。

 

(そうだ、そんなことができるかわからない)

(臆病な大人を許してくれないか、賢いこどものきみ)

 

この手のひらに自分のため以外の理由を乗せることができないのだと、君の顔を見ているだけで思い知らされて仕方がない。ああ、もっとあたたかい手のひらをもつことができたらなあ。この手はひどく冷たい。

 

「かなしいっておもったこと、ないよ。わたしは、このままひとつの空間で喉をつまらせて、おわるんだって、ずっとおもっていたし、信じていたけど。それが、あたりまえで、なにもおかしなこと、なくて」

 

腕の中で、細く白く、自分の頭蓋の重さのぎりぎりしか支えられそうにない首が、晒されている。か細い声と共にうなだれる彼女の髪は音も立てずに降りて、俺の白いシャツの上にさざ波をつくる。俺は自分が何を見ているのかもわからないで、腕をだらりと下げ、シャツを握り締めている女の子の微かな体重を感じていた。こちらに、飛び込んできてくれたらこの腕を彼女のものにすることができる、そう思っているはずだ。俺は。ふたりでばらばらと髪を崩して、地平線から消えようとする太陽の、月の、星のまねごとをしよう。きみがこちらに重心を傾けて、重さを預けてくれるのなら、そうしたら……。

 

「小春」

 

彼女の唇からこぼされる音が、脳みそのなかをじんじんとしびれさせる。俺が彼女に教えた俺の名前は、本当にこんな音をしていたかな。条件反射のようにひらかれた喉が、焼けるようにあつかった。言語という形を成さ成さなかったざらざらとした声が、煙草の残煙のようにおちる。俺の一瞬の震えを、彼女は感じ取るだろう、体温を連れた息が白い肌の上をすべり、おんなのこを、焼き、殺そうとしている。とうの昔から俺に預けられていたおんなのこを、俺はすべてを先延ばしにすることでじりじりと追い詰めて、いた。

 

「いまだって、わたし、かなしくなんてないんだよ。ううん、ほんとうに、ほんとうに……」

 

そうだね、俺も、このまま、君のことを抱きかかえたままどこかに走り去ることができたらいいと思っている。それを許さない他人なんて、本当にどこにもいない。女の子はひとりぼっちで、俺もまたひとりぼっちで、いつどこへ消えたって誰もそれを見つめることは出来ないのだ!それなのに全身が水をすったように重くなって動かないのは。

 

「俺は、紅花のためになら、なんだってしますよ」

 

これ以上おんなのこが死んでいくのが、これ以上自分がおんなのこの熱を奪ってゆくのが怖くてたまらなくて。誰のためにもならない、誰も騙せない嘘を吐いた。おんなのこの、ありがとうという音にはなにものも追従せず、ただ、呼吸だけが重たく、床に停留していた。

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