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にがくわらう

間違っていたのかもしれない、そもそも正しいことなど、どこにもなかったのだろう。あのこは風が窓をたたく音を怖がるようなこどもだったし、俺だって、そうだった。眠れないのだと言って手をひいたのは、もしかしたら俺の仕業だったかもしれないのだけれども、肝心なことはするりと頭から抜け出している。あのときにどんな気持ちでいたのかを、俺は上からぐちゃぐちゃに塗りつぶしたのだ。
同じベッドに潜り込むちいさなからだは、棺を運ぶことを生業としていた自分のてのひらでは簡単に、ばらばらにしてしまいそうだった。それに気がついた一瞬のうちに、あのこをさらってしまおうと考えたのだったと、思う。あのちいさなものを、そっと隠してしまうだけなら、母さんも父さんも目を瞑ってくれはしないかな……。
それは決して、あのこがただのこどもらしく過ごせるためになどと、それらしくも馬鹿馬鹿しい理由のせいでは、ない。それはやけに鮮明に確かに覚えていた。
結局、目を閉じていたいだけなんだ、自分の汚らしい思考、取捨選択を。最初から目盛の狂った天秤しかもっていないことを。

(ただのきょうだいになりたかったなどと、とても言えない、言ってはならないのだ)

あのこは生まれたその時から、俺などには知り得ない存在に対する供物であった。そのことはあのこが生まれるよりも、俺が生まれるよりも前からの決まりごとであったから、いまさら、なにを喚いているのかと嘲笑を買うに過ぎない。あのこのために俺が与えられた立場など、そばにいてあたたかいスープを飲ませてやれるだとか、みだれた髪を整えてやれるだとか、そういうものでしかないのだ。俺の手で扱うにはあまりにも、あのこはかみさまに近付きすぎていて、手を引いて逃げ出すことなど、出来なかったのだ。

(ごめんねと言えば、君は笑ってくれるだろうけど、もう君はあの子じゃないんだね)

すべて、自分の臆病のせいだったなあと、思い出してももうどうにもならないのだ。直視出来ない君の実像を前にしたら、俺は君みたいにうまく笑えないよ。安っぽい言い訳すら、出来ない。

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